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【コラム】工事・磐梯事業部

【コラム】工事・磐梯事業部

工事部、磐梯事業部、整備グル—プが活躍する日曹金属化学昧会津工場様の沿革は、会津地区の黒鉱(黒色複合鉱石)の精錬所として始まる。
昭和40(1965) 年日本曹達探から日曹金属昧として独立し産業廃棄物処理業を開始、昭和57 年還冗焙焼却炉(kW_1) 新設。
その頃から鉄スクラップでわが社との取引が開始。構内通運業者として日本通運が常駐、構内引込線も一部稼働し、水処理施設手前の空き地に亜鉛電解工場が稼働していた。
精錬から産業廃棄物処理業への大転換で大部分の設備不要になり、その解体工事もわが社の大きな役割となり現在の工事部の原点だ。
昭和58 年日曹金属化学昧様新発足。安価かつ調達が容易な鉄ドラム缶での産廃収集が基本となり、空ドラム缶が大量に発生、当初10t車で旧会津スクラップセンタ—(アマルク会津町北の前身)まで運搬、今はない富士車両500tギロチンシャ—(鹿児島県荒川商店奄美大島工場に売却、創業者は湯川村生まれ)で切断し電炉メ—力—に出荷。
日曹金属化学様は昭和63 年液状産業廃棄物専用処理炉(第二専焼炉)、平成元年に休止していた鉱石焙焼キルンを切断短縮して日橋川河畔から移動、現在地にkWI2を増設。
ドラム缶処理作業も、IHIコ—リングクロ—ラクレ—ンを独自に工夫した初期から、三浦機械製トリプルシャ—、五品機械製ビックシャ—、喜多方本社から移設した三機工製450tエコシャ—と4代目。
作業場も駅向かいからK3 隣、鉄骨建屋S ヤードと進化した。今日に至る日曹金属化学昧様のこ指導に心から感謝いたします。
※当時の日付のまま掲載しております。荒川通信No.22から抜粋
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